とある外航船員の本音

外航海運会社で機関士をしています。

機関士は何をしているのか? ボイラー編

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船の中には航海士と機関士がいます。

 

航海士が何をしているのかは,なんとなく想像できると思います。

海図や気象海象を見て,前後左右に船を操っているというイメージの通りです。

後は膨大な書類仕事など。まさに"オフィサー"です。

 

一方,機関士はどうでしょうか。

機関士の仕事を説明する際に「機関の保守管理をしている」と言われることが多いです。

ただ,一口に”機関の保守管理”と言っても,実際に何をしているのかは想像しにくいかもしれません。

そこで今回は機関士の仕事内容をより具体的に紹介していきたいと思います。

 

船内には主機(エンジン),発電機など様々な機械がありますが,

今回はボイラーについて紹介していきたいと思います。

 

なぜ船の中にボイラーがある?

船の中では様々な用途で蒸気を使います。

燃料(重油),潤滑油,主機の冷却水を温めるのが主な用途です。

他にも煤(すす)で汚れた機械を洗浄する目的で使われます。

シャワーや厨房の温水を作るためにも使われていますね。

 

その蒸気を作るために船内にはボイラーがあります。

ボイラーで油を焚いて,清水を沸騰させて,蒸気を作っています。

ボイラーで発生した蒸気は配管を通って船内各部へ送られます。

 

ボイラーの重要性

ボイラーで絶え間なく蒸気を発生させることで安定的に蒸気を送り出しています。

安定的に蒸気を送り出すことで,燃料,潤滑油,冷却水の温度を適切に保っています。

 

燃料,潤滑油,冷却水など具体的な話が出てきましたが,

燃料が十分に温まっていないと何が起こるのでしょうか?

 

船の燃料に使われる重油は常温の時,粘度の高いタール状の物質です。

このドロドロの状態では燃料を霧状に噴射することができません。

そこで燃料を蒸気で温めることによって粘度を低くしています。

粘度が低くなってサラサラになった重油は,霧状に噴射することができます。

 

潤滑油も適切な温度でなければなりません。

潤滑油も燃料と同様に,温度が低いと粘度が高く,温度が高いと粘度が低くなります。

潤滑油の場合,粘度が高すぎても低すぎてもいけません。

適切な粘度でないと潤滑油が適切に作用しないのです。

 

主機の冷却水も蒸気で温められます。

「冷却水なのに温める?」と思われるかもしれません。

主機の冷却水の温度は80〜90℃に設定されています。

冷却水といっても人間にしてみればかなり熱いのですね。

 

この冷却水は温度が低すぎてもいけません。

なぜなら温度が低すぎると,主機の部品である金属が不同膨張を起こして,

熱応力が発生し,主機の破損の原因となるからです。

 

燃料,潤滑油,冷却水を適切な温度にするために,ボイラーから発生する蒸気が必須となります。

蒸気がないと,最悪の場合船が動かないのですから,ボイラーは船にとって重要な機器となります。

 

ボイラーの運用とメンテナンス

機関士はボイラーの運用とメンテナンスを行っています。

運用

蒸気の温度は蒸気を使う機器の状態や気温などによって変化します。

よって機関士は蒸気の圧力や温度,沸騰させる水(ボイラー水といいます)の温度が最適となるように管理しています。

 

そのためには,ボイラー水の水質,ボイラー水の水位,ボイラーで焚く燃料の温度,燃料の燃焼に必要な空気量の調整などを行います。

 

メンテナンス

ボイラーでは燃料を燃やしていますから,煤が発生します。

機関士はその煤を定期的に取り除かなければなりません。

煤を取り除かないと,熱伝導率が低下し,蒸気の発生量が低下してしまいます。

 

また,沸騰させるボイラー水の水質の管理も重要です。

ボイラー水のpH,塩分濃度,カルシウムやマグネシウムなどの硬度成分が許容範囲内にあるか検査します。

 

これらが許容範囲外の時は,一旦ボイラー水を排出して清水を補給し,水酸化ナトリウムやリン酸ナトリウムなどの清缶剤を投入する必要があります。

 

航海中はボイラーを使わない

ボイラーの重要性について上述しましたが,

ディーゼル船の場合,航海中はボイラーを使用しないのが一般的です。

 

航海中にボイラーを使用しないということは航海中は蒸気を使用しないということでしょうか?

 

そうではありません。航海中も蒸気は必要です。

航海中に必要な蒸気は排ガスエコノマイザという装置により作られています。 

 

排ガスエコノマイザの概要

排ガスエコノマイザは,主機で発生した高温の排気ガス(400〜500℃)の熱を利用して,蒸気を発生させる装置です。

主機で発生した熱エネルギーを無駄なく利用することから”エコノマイザ”という名称がついています。

 

排ガスエコノマイザの運用とメンテナンス 

排ガスエコノマイザの運用とメンテナンスも機関士の仕事です。

 

運用

排ガスエコノマイザは主機の排気ガス(400〜500℃)を利用して蒸気を発生させています。

排気ガスの温度は常に変動していますから,蒸気の発生量を一定にするために

排ガスエコノマイザに送られる排気ガスの量を調節する必要があります。

 

そのために,機関室には排ガスエコノマイザに送られる排気ガス船外に捨てられる排気ガスの量を調節する装置が備えられています。

 

メンテナンス

排ガスエコノマイザは排気ガスを用いて蒸気を発生させていますから,

その配管内部には大量の煤が溜まります。

この煤は定期的に掃除しなければなりません。

煤で汚れたまま使用していると,熱伝導率が低下して,蒸気の発生量が低下してしまいます。

ボイラーを掃除しなければならない理由と同じですね。

 

掃除の方法ですが,停泊中は主機が停止していますから,

排ガスエコノマイザの内部に入って掃除をすることができます。

 

しかし,航海中は排ガスエコノマイザの中に入って掃除をすることはできません

高温の排気ガスが通っていますから当然ですね。

 

そこで,排ガスエコノマイザには内部に入らなくても掃除ができるように,

蒸気を噴射して内部の煤を洗浄する装置が備えられています。

この蒸気を噴射して内部の煤を洗浄する行為をスートブローといいます。

 

まとめ

機関士が何をしているのか,ボイラーをテーマに紹介させていただきました。

 

ボイラーもしくは排ガスエコノマイザで発生する蒸気は,

陸上でいう水・ガス・電気と同じくらい重要なものです。

いわば船内でのライフラインですね。

 

そのライフラインを確保するのが機関士の仕事の一つです。