とある外航船員の本音

外航海運会社で機関士をしています。

新しい存在『自社養成の船乗り』に対する現場の印象

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自社養成コースという新しい制度

外航船で航海士や機関士として働くには,三級海技士の免状を取る必要があります。

 

現在の日本では,三級海技士の免状をとる場合,商船系の大学や水産大学校,

もしくは商船系の高等専門学校を進学するのが一般的です。
 

しかし近年,一般大学を卒業した学生を対象に,

ゼロから船乗りとして養成する制度が普及してきました。

日本郵船や商船三井など大手海運会社を中心に『自社養成コース』という名前で浸透し始めています。

 

いわば,飛行機のパイロットの船乗りバージョンです。

JALやANAなどの航空会社ではパイロットを自社で養成する制度が以前からありました。

これを船乗りの世界に適用したものと考えていただければ結構です。

採用の流れを記事にしましたので詳しくはそちらを参照ください。

adati98.hatenablog.com

 

自社養成制度発足の理由に昨今の船員不足があります。

「間口を広げることで優秀な船員を確保しよう」という会社の思惑です。

 

間口を広げるだけではありません。

従来の制度では10代のうちに船員という職業を選択した者にのみ外航船員になるチャンスを与えられていました。

 

この制度のデメリットは職業選択のタイミングが早すぎるが故に,

価値観の狭い人間なってしまいかねないという点です。

もちろん全員がそういうわけではありませんが,

船員以外の世界を知るチャンスが少なくなるのは確かです。

 

自社養成制度には,様々な背景を持った学生を採用することで船員の多様化を図るという目的があります。

 

多様化の波は船員の世界にも押し寄せる

私が海運会社に入社して間もない頃,新入社員研修でコンテナ船に乗船しました。

その時のキャプテンが次のように言ってしました。
「私が入社したのは30年前。その時と現在で,世の中は大きく変化したと思う。しかし,船内環境は変わるべきものすらほとんど変わっていないように感じる。君たちのような新しい価値観を持った人たちによって,この現状を変えて欲しい」

 

その時のキャプテンは自社養成という制度に希望を感じておられました。

今現在,私が思うのは「このままでは歴史は繰り返す」ということです。

 

どんな業界でも,新しい制度を導入する時は反対意見が出てきます。

特に船員という職業はその性質上,新しい試みを嫌う傾向にあります。

海の上という何が起きるのかわからない世界で新しい試みをした時に,

果たして誰が責任を取るのでしょうか?

 

誰も責任なんて取りたくないのです。

 
過渡期の宿命

ゆとり世代というレッテルに苦しむ昨今の若者ですが,

自社養成の船乗りというレッテルも存在します。

「一般大学を卒業したことを侮辱された」というエピソードは少なくありません。

そのほとんどが僻みの域を出ない陳腐なものですが。

 

「早稲田でもそんなものか」

「やっぱり勉強ばっかりしてたからこんなこともわからないんだな」

 

船員という職業は法律で縦社会であることが定められています

「現場での経験がすべて」という風潮がありますからね。

「船乗りは経験工学」というキャプテンや機関長もいるくらいです。

 

新しい制度が普及する過渡期ですから,それを受け入れる側にも戸惑いがあります。

その戸惑いから上記のような発言をしてしまうのかもしれません。

 

もちろん職務で上の立場であるからといって,

他人を侮辱するような発言をしてもいい理由にはなりません。

 

自社養成制度で船乗りになった人たちがキャプテンや機関長として活躍する頃には,

これまでの悪習や垣根が消えてより良い職場環境ができるのでは,と思います。